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  • 2018.08.14 Tuesday

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    シュテファン・ザンデルリンク

    • 2018.04.29 Sunday
    • 05:35

    シュテファン・ザンデルリンクが指揮したメンデルスゾーンの交響曲を聴いている。素敵だ。オーケストラが気兼ね無く演奏してるようだ。フルトヴェングラーやトスカニーニやムラヴィンスキーのようなワンマン社長と違って社員をのびのびと働かせる好い社長だと思う。巨匠クルト・ザンデルリンクの次男は職人なのだろう。日本には的確な仕事をする職人よりも自己満足の芸術家気取りを高く評価する我がまま好事家が蔓延っている。彼らの「私に言わせれば・・・」なんて言い草は「私に言わせれば」バカの自己申告だ。嫌いな演奏家の悪口を言うのはやめて嫌いな評論家の悪口で盛り上がろうぜ。

    イメージ

    • 2018.04.28 Saturday
    • 04:39

    三人の大ピアニストの音楽をイメージしてみた。ウィルヘルム・ケンプは田舎の学校の国語の先生。ルドルフ・ゼルキンは私立の学校の物理の先生。アルフレート・ブレンデルは公立の学校の教頭先生。ついでにサンソン・フランソワは籠池理事長だ。すっごく面白いけど哀れだ。

    はら、ハラ、腹、破裸

    • 2018.04.27 Friday
    • 15:21

    遠く聞こえてくる 羽根か粉雪か微風か おまえの白い乳房に耳を埋める まつ毛は黒く唇は桜色 谷間を見れば可愛らしい草原 七人の小人は鞭を振り 驢馬は舌をちらつかせ 金の汗を光らせる おまえは何にも知らない 私は何でも知っている 豊かな肉に隠れる落ち葉は夜泣きする(E・ウェスト) 

    今日の日よ

    • 2018.04.24 Tuesday
    • 06:01

    「明日ありと想う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」 今日で人生が終わると思って行動すれば、もっと責任をもった発言ができるだろうに。「明日、謝ればいいや・・・」と思うから平気で人を傷つけることが出来るんだろう。「風狂」には「風狂」ならではの優しさがある。夢を語るひまに路上の煙草の吸殻でも拾うがよい。「今はまだ人生を語らず」語るべき時には語るに足るものを持ちそこなった自分を発見する。徘徊には目的があったのだ。

     

    今一度のシベリウス

    • 2018.04.24 Tuesday
    • 05:00

    60歳で引退した大作曲家シベリウス。彼の生き方を理想としながらも62歳になってもズルズルを続けている私。困ったものだ。これぞ煩悩なのだ。30歳で死ぬと言ったり、45歳で死ぬと言ったり。困ったものだ。困ったものだ。困ったものだ。道端で死体で発見されたいなどと困ったものだ。悟りがどうした!救いがどうした!路傍の石ころに過ぎない人生だった。我が身よ、派手に炎上するのだ。灰と化せば新たな死に様が浮かび上がるに違いない。

    花魁

    • 2018.04.23 Monday
    • 05:12

    50年前、子供たちの夢は宇宙飛行士やスチュワーデスや学校の先生やスポーツ選手だった。ところが衣食足りたバブル期の子供たちの夢は「尊敬される人になること」になった。人の心を求めるようになったら終わりなのだ。尊敬されたくて行動する人間なんて尊敬から一番遠い所にいるのだ。人は一途に無心に取り組んでる人を尊敬するんだ。オペラ「椿姫」のなかで愛するアルフレードと不本意にも別れなければならなくなったヴィオレッタが「私を愛して。私があなたを愛してるのと同じくらい私を愛して!」と叫ぶのは窮地に追い込まれた挙句の暴言なのだ。愛は要求するものじゃない。愛は「惜しみなく」与えるものだ。花魁が客に与える愛の証明書「起請文」なんて詐欺の手段なのに欲しがる男が多かった。心は目に見えないから尊いんだ。分からないからトキメクんじゃないのかい?

    わかってください

    • 2018.04.22 Sunday
    • 05:15

    因幡晃の『わかってください』には「これから淋しい秋です ときおり手紙を書きます 涙で文字がにじんでいたなら わかってください」とある。子供のころ、好きな女子のスカートをめくる。嫌がられるのを覚悟で自分の存在を印象付けようとする。「わかってください」なのだ。あまりにも自分勝手なアピール。「わかってください」と言いながら相手の気持ちを分かろうとはしないのだ。オペラを含めてドラマにはちょくちょく登場する。「どうして俺の気持ちを分かってくれないんだ!」カルメンへの愛を憎しみに変えたドン・ホセ。「あきらめなければ夢は叶う」という言葉はストーカーに対して言ってはいけない。愛は正義ではなく欲望なのだから。

    心から

    • 2018.04.20 Friday
    • 05:09

    びわ湖ホールが開場したときのキャッチコピーは「本物志向」だった。イタリア語で歌いたい歌手とイタリア語で聴きたいオペラ愛好家の微笑ましい連携だ。同じようにポルトガル語で歌いたいファディスタ(ファド歌手)とポルトガル語で聴きたいファド愛好家との微笑ましい連携がある。本物に憧れる王道主義なのだ。明治以来の舶来至上主義と言ってもいい。王道が鯛なら私の日本語ファドはイワシだろう。そのイワシで鯛顔負けの極上の逸品を作ってくれた犬童まり子さん、私にとって、あなたは最高のファディスタです。本当にありがとうございました。

    これが人生、これがファド

    • 2018.04.19 Thursday
    • 17:54

    昭和歌謡がブームだ。高齢者だけではなく若い人たちに広まっている。「歌は心」という言葉そのままなのが昭和歌謡だ。哀愁の国ポルトガルで昭和歌謡にあたるのがファドだ。酒場で涙にむせびながら聞く歌なのだ。残念なのは日本語の歌詞が付いていないこと。意味が分からないから感情移入できない。そこで日本語の歌詞を付けてみた。これで歌詞の説明無しに心を伝えることができる。3年間だけ自分で歌って広める活動をした。一段落したときに浅草で大衆演劇に勤しむ飯田一雄氏から犬童まり子さんを紹介された。「ファドをちゃ太郎さんの歌詞でまり子に歌わせたいんだよ。」二つ返事でOKした。昨年9月に浅草5656会館での飯田氏主催にんげん座公演の中で犬童まり子さんのファド3曲を聴いた。涙が止まらなかった。「この人に歌ってもらうために私は日本語歌詞を作ったのだ」と心底納得した。まり子さんからも「他の歌も歌っていいですか?」と言われ本当に嬉しかった。その犬童まり子さんが亡くなった。

    腹八分目

    • 2018.04.19 Thursday
    • 04:46

    「全開」や「全壊」という芸ではない。80%の位置で爆発させる芸。寸止め状態で致命傷を与える芸。「Aマッソ」にハマっている。常識の範囲内に安住する村上に向けられる加納の言葉の暴力は脱法ハーブの香りがする。

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